雑記

鳥取で複業ワーカーとして活動中の僕の経歴を振り返ってみた!

鳥取でブロガー・マジシャン・Webディレクターとして活動している僕の経歴を振り返ってみます。

複業ワーカーとして鳥取で色んなことやっているので「なんかあいつ怪しいな」「どうやって生計を立ててるんだろう」と気になっている人も多いはすです。

とりあえず現在(H30.7.10)は主に以下の5つの仕事を軸に活動しています。

・地域情報サイト「とっとりずむ」編集長
・鳥取市のHP制作会社「Webもり」Webディレクター
マジシャン活動(8月は燕趙園のイベントに出演予定)
・ゲストハウス紹介サイトふらっと管理
・岩美のゲストハウスふぁむすとんHP管理・運営

これに加えて単発の講演の依頼や今年の秋からは鳥取の高校で先生として情報発信の授業を行う予定もあります。これだけ見ると「華やかで順調そうだな〜」という感じがしますが、まだまだ余裕のある生活ではありません。

想像以上に泥臭く、もっと効率よく日々を過ごさねばと痛感しています。

それはさておき、この記事では僕が今の活動に至るまでの経歴について紹介していきたいと思います。

リアルの場ではあまり話していない新卒で入社したブラック企業のエピソードもあります。長文ではありますが、読んでいただけると幸いです。

【2007年〜2009年】7年間の野球を辞めてマジックに熱中。

人当たりのない空気のような存在だった中学時代はすっ飛ばして、高校時代(鳥取商業高校)から紹介していきます。

高校の部活動ですが、小学校・中学校と親の影響で始めた野球を続けることにしました。鳥取商業高校といえば野球が強いで有名で(今はわかりませんが)練習が厳しく朝練はもちろん、練習後にひたすらカロリーを摂取する食トレもありました。

当時の監督は「動けるデブになれ」という方針のもと練習していたので、体重を増やすために食トレがありました。これが地味にしんどくて「やる意味ある!?」と思いながらも毎日練習後に食べていました。

そんな中、なぜか審判の才能が認めれ、1年の後半では塁審として試合に出られるようになりました!(プレイヤーとして試合にでたかったw)

これはこれで楽しかったんですが、ある日の昼休憩に「なんかマジックやっている奴がいるぞ!」と友達から聞いて見に行った時に衝撃を受けました。

そのマジシャンは、主にカードマジックをメインとした至近距離のマジックを披露していて、それがTVで見るような魔法のようなマジックだったんです。タネも仕掛けもないトランプから繰り広げられる理解不能のマジック。

もともとマジックが好きだった僕は「こんなマジックをできるようになりたい!」と思うようになり、そのマジシャンから色々と聞き出し自分も猛特訓を始めました。

そうすると僅かながら残っていた野球への情熱はなくなり、退部して、2年生からはマジックに専念するようになりました。

しかし、もともと不器用だったので、すぐにタネがバレてしまい友達が飽きて、見てくれる人がどんどん減っていく始末。

何度も何度も辞めようと思ったし、実際1か月ほど、練習しなかった時期もあります。

もうマジック諦めようかな

と友達に相談したところ

お前のマジック好きだから続けて欲しい!

と言われて、その言葉を原動力に続けました。

それからは、教室はもちろん、廊下、体育館、職員室、トイレなど、場所を問わずマジックを披露して技を磨き、マジシャンとしての自信がつきました。

そんな僕の高校時代のあだ名は「マジシャン」です。(だろうなw)

【2009年〜2013年】大学時代は通算50回以上のマジックを行う

卒業後は奇術部に入部し、2年からは部長として活動。

大学生活はとにかくマジックに没頭。講義中も机の下でこっそり、トランプやコインマジックの練習をしてました。(勉強しろw)

地元紙に活動が掲載されたのをきっかけに依頼が殺到して、ショッピングモール、老人福祉施設、小学校などでマジックを披露。

鳥取イオン北でステージマジック

小さいショーも含めると、3年間で50回以上マジックを披露しています。

▼高校時代に出会ったマジシャンとの共演も大学時代にしました!

自分たちでビラ配って集客して大変だったな〜。でも良い経験でした。

【2013年〜2014年】大阪でブラック企業に勤務。メンタルズタボロ。

マジシャンで食っていきたいなぁ〜

というふんわりとした気持ちがありながらも、新卒カードは貴重と思い、とりあえず民間企業に勤務。

大阪で宅配牛乳の飛び込み営業の仕事を始めました。サンプルの牛乳を持って、一件一件チャイムを押していくやつです。

◯◯乳業の酒本と申します。新入社員の挨拶回りで、試供品をお配りしてますので、玄関先までちょっとお願いします

こんな感じで、9時〜20時まで外回りを実行。1日平均200件は訪問していましたね。

これマジで地獄。

まぁ自分が選んだ道だから仕方ないですが「オートロックのマンションは他の宅配業者が回ってないからチャンス」と先輩から言われて、子供の後ろをついてマンションに潜入して管理人から激怒されたときは流石にメンタルがやられましたね〜w

テンションを上げるために「車の中でちびまる子ちゃんの歌を歌う」という謎の行為もしたこともあります。朝一で「ピーヒャラ ピーヒャラ パッパパラパ」って歌う姿を想像してください。マジで地獄です。

しかも最初の頃は、商品の知識が浅いので上手く説明できず、しかも普段から口下手なので、全く成約がとれませんでした。

得意のマジックを使ってお客さんと仲良くなって強引に成約したこともありましたが、メンタルは疲弊するばかりでした。

【2014年〜2015年】鳥取にUターンしてイベント会社で勤務

なんとか3年は続けてみようと頑張りましたが、精神的にしんどくなり、会社の方針がブレブレで専務が行方不明になったこともあり、ブラック度が増してきたので結局1年で辞めることにしました。

もともと大阪で3年働いたら鳥取の帰ろうと思っていたので、期間が短かったですが、鳥取にUターン。

特にマジック以外にやりたいことがなく、なんとなくで仕事を探して探していたところ、知り合いから仕事の紹介を受けました。鳥取のイベント会社なのですが、訳あって半年間働いて欲しいといわれ、雑務役として働き始めました。

とてもクリエイティブな会社で名刺の役職はマジシャンでした。県主催の企画書審査のプレゼンでマジックを披露して変な雰囲気になったり営業先の銀行でお金でマジックをしてガチ目に説教食らったりと、伝説を残したのちに期間を終えましたw

【2015年3月】人生を変えた20日間の1人旅を決行

マジックしか興味がない。でもマジックだけでは鳥取で食っていけない。

そんな感じで行き詰まっていた僕はコンビニで一冊の本に出会います。

ひとり旅 ゲストハウス特集

じゃらんが発行していた冊子で、旅人がよく利用する素泊まりの交流型の宿(通称 ゲストハウス)がブームを迎えているという内容でした。

これを読んで「旅先で普段出会わないような人と出会って話したり話を聞くことで自分のやりたいことがわかるかも」と思い、20日間ゲストハウスを巡る旅を決行。

そこで人生を大きく変える出会いをします。

それはプロブロガーの松本さんとの出会いです。

道後温泉近くのゲストハウスじょじょにに泊まったとき、偶然出会いました。松本さんは節約ブログの「ノマド的節約術」を運営をメインに生計を立てているプロブロガー。

ブログで稼ぐとか無理だろ」と思ってましたが、実際にいるんですね。

マジで衝撃的でした。

 

しかし、このときは「ブログをしよう!」なんて全く思っていませんでした。なぜなら文章を書くのがむちゃくちゃ苦手だから。

文章を武器に仕事をするという選択肢は全くなかったんです。

左:うかれれさん 中央:松本さん 右:僕

ちなみにその日は、占い師のうかれれさんにも出会いました。

マジシャン・ブロガー・占い師のメンバーが揃ったなんとも濃い1日になりました。

この出会い以来、毎年3月にゲストハウスじょじょで、この3人で集まるようにしています。

【2015年5月〜2015年8月】3ヶ月のセブ語学留学。プログラミングと英語を学ぶ

旅が終わって色々と考えた結果、プログラマーとしてフリーで活動していくことを目標にしました。(ブログじゃないんかいw)

理由はIT社会の現代、プログラマーの需要はなくならないと思ったからです。実際に旅先でもフリーのプログラマーの方にも何人かお会いしました。

よしやるぞ!」と意気込みましたが、僕はとにかく文系だったのでパソコンが苦手。どうやって勉強しようかと考えていたところ、たまたまフェイスブックの広告でプログラミングが学べる語学学校の案内を発見しました。

カリキュラムは午前プログラミング、午後英語の「エンジニア留学」全くの未経験者でも申し込み可能でした。そのとき直感で「これだ!」と思い貯金のすべてを注ぎ込んで、その日のうちに申し込みました。

ゲストハウスを巡る旅で、外国人にもたくさん会っていたので、英語も今後は学ばないとなぁ〜と思っていたので、英語とプログラミングを学べる環境は僕にとってベストでした。

留学期間は3ヶ月で、学校の名前はネクシード

そして僕は留学先のフィリピンのセブ島に行って学び始めました。

しかし結論からいえば、プログラマーになるのは厳しいなと実感しました。他の人との成長具合が明らかに遅かったので、自分には向いてないのかな〜と思い断念。

そんなとき、ふと頭に過ぎったのがプロブロガーの松本さんでした。

松本さんみたいに文章を書くことで食べて行きたい!

パソコンだけで食って行きたい!

と思うようになりました。

しかし僕は文章を書くのがめちゃ苦手で、日記を書こうとしても3日続いたことがありません。

そのため、初心者ライターも募集しているメディアに申し込んで、ライティングスキルを身につけようと考えました。

【2015年9月〜2015年11月】憧れの北海道でリゾートバイト

留学から帰国後、とりあえずお金がなかったので、バイトをしようと決意。

実家に住みながらどこかでバイトしても良かったんですが、せっかくなら以前から長期滞在してみたかった憧れの北海道で仕事しみたいと思い、3ヶ月ほど短期のリゾートバイトをすることにしました。

寮にWi-Fiがある場所を勤務先に選んで、休みの時間はひらすらWebライターとしてのスキルを磨いてました。

その結果、とあるメディアの専属ライターとしての採用が奇跡的に決まりました。

受かったらいいなー」程度の軽い気持ちだったのに、本当運が良い。

しかも担当者に「頑張れば、これ一本で3ヶ月後には食べていけるようになるよ!」と言われました。

ということで、バイトが終了後、鳥取に帰ってWebライターで食っていこうと決意しました。

【2015年11月〜2016年3月】シェアハウス滞在中にとっとりずむ開設!

そして鳥取に戻ったタイミングで、ご縁があって大山のお城のシェアハウスに住むことになりました。

鳥取県の大山町にあるノマドワーカーや移住希望者のためのシェアハウスです。「のまど間」と呼ばれています。

滞在者は併設しているお城のオフィスが利用できます。

当時はブロガーインデジレンスという、ブログをしている人が大山の魅力を発信すると滞在費が安くなるという制度です。

個人ブログも少し前から始めていたので、大山の記事も書かせていただきました。

Webライターとして、日々仕事をしていましたが、文字単価が0.2円〜0.3円から抜け出すことができず、量をこなそうと思ってむちゃくちゃ書いていたら、腱鞘炎になってしまいました。

将来は鳥取でマジシャンの活動も充実させたいと考えていたので、指が使えなくなったしまったら本末転倒。そんなとき、どうしようかと悩んでいると、趣味で運営していた個人ブログのアクセスが急に増え始めました。

個人ブログ「のんびりずむ」(現在閉鎖)では田舎のスローライフを発信する雑記ブログで色々と記事を書いていましたが、あるとき鳥取の記事がFacebookでシェアされて少しですがバズりました。

そのときに以前から秘めていた「鳥取の知られていないスポットをもっと多くの人に伝えたい」という思いが再発し、雑記ブログから鳥取の情報に特化したサイトを作ろうと決めました。

僕の気持ちを後押ししたのは、やはり松本さんの存在。

もしかしたら、松本さんみたいにブログで食っていけるかも?」という思いが、僕のやる気を更に奮い立たせました。

【2016年4月〜2018年3月】岩美町役場の臨時・パート職員

しかし、不器用な僕がすぐに上手くいくこともなく、とっとりずむを4ヶ月ほど運営して収益はゼロでした。

そんときに、地元の岩美町役場で臨時職員の仕事を募集していたので、申し込んだところ受かりました。

しかも都合の良いことに、自分が関わりたかった地域創生の仕事をしている課に配属となりました。そこでの経験や人の繋がりが今のとっとりずむ運営にも役立っています。

鳥取は世間が狭いので、人の繋がりから仕事をもらうことも多いんですよね。ローカルで活動している人は積極的に町のイベントに参加してみると良いでしょう。

ネットで発信するよりも、鳥取の場合は口コミの伝達スピードの方が広まりやすい場合もあります。

【2018年3月〜現在】WebもりでWebディレクターとして勤務

2年間の役場勤務を終えて、ご縁があり、鳥取市のHP制作会社Webもりで働くことにしました。

自分のブログ運営で身につけた知識を使ってWebディレクションの仕事をしています。このおかげで1日中、Webのことを考える環境になったのはありがたいです。

会社の社長さんにブログ運営のコツも教えてもらえるという福利厚生付きなので給料以上の価値があるんです。

▼コラボ企画も実施しました!

今後もWebもりでWeb・ブログの知識を身につけながらとっとりずむ運営に力を入れて取り組んでいきます!

ということで28歳を迎えて、これまでの経歴を振り返ってみましたが、1年ごとにやっている仕事が変わっていますね。ただ、仕事を変えながらも自分の理想とする生活に近づいているのは確かです。

マジック以外にも地域ブログ運営というやりがいを見つけ、それをきっかけに公演やコンサル業など、色々な仕事をもらっています。

今年になってようやく県に取り組みが認められたり、地元紙に活動が掲載されたり、大手メディアからタイアップの話がきたりと、着実に前に進んでいると思います。

今後もマジックとブログ(メディア)運営を軸に活動していきますので、よろしくお願いします。